秦基子

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コラム 断捨離が生み出す新しい人生

 断捨離が生み出す新しい人生 最近TVでも話題になっている断捨離。私も今更ながらこの断捨離に取り組み始めました。   人間を長くやっていると自然、物は溜まります。溜まり続けます。 当然ながらその結果は住空間の相当スペースをそれらの物が占拠することとなります。 厄介なのはそれが急に襲ってくるのではなく毎日・毎年の少しづつの積み重ねのため 「溜まっていることに慣れてしまう」ことです。 溜まっっているものは衣類を筆頭に書籍、趣味のもの、子どもや家族の思い出の品など  (とりわけ多いのが写真) それら一つ一つには当然ながら思い出や思い入れがあり捨てられず保管され続けています (中には相当高い金額で入手したものも) 私の場合もまさにその典型でした。たとえばスポーツチームに関わっていた時代のスタッ フ用グッズが山ほど。あるいは若い頃にオーダーして作ったスーツ類など。 でもよくよく考えればそれらはすべて私が若い頃に用いたり関わっていたものばかりで、 今必要なものはほとんどありません。 ではなぜ残ってしまっているのか。それにはいくつかの理由があります。 *高いお金を払って購入したもの *若い頃気に入っていつも愛用していたもの *関わっていたスポーツチームの華やかな戦果の証などなど、過去への愛着であり、もしかすると執着なのですね。上記のものが今必要か、と問われれば「必要ないですね!」との答えしかありません。そうです。捨てられないのは過去への郷愁であったり執着。今必要なものはそれらではなく今、今からの人生に必要なものに置き換えてゆくことです。今自分が興味を持っていること。これからやりたいと考えていることに視点を置き換え、身の回りを整理すれば新しい人生が始まります。 

コラム 四季の移ろいを体感できる幸せ

四季の移ろいを体感できる幸せ夏暑く、冬は底冷えの寒さに震えあがるとの指摘を受ける盆地の京都。世界に名だたる観光都市京都は、捉えようでは住みづらい街でもあります。今、そんな京都も祇園祭の鉾巡行が終わり、16日に行われる五山の送り火を終えると夏も終わりに近づきます。朝、犬の散歩途中で聞いたひぐらしやツクツクボウシの鳴き声がそれを証明してくれています。そう、もうすぐ錦秋の秋。街全体が紅葉に染まり素晴らしい景観が広がってきます。紅葉が終わるころには初雪も期待できるかもしれません。そして、日本全国の京都ファンが待ち望む年末の行事。知恩院の鐘を筆頭に市内全域に除夜の鐘の音が響き渡ります。八坂神社におけら参りに出かける人。1月1日にはお隣の平安神宮にもたくさんの初もうで参拝の人たちが訪れます。白みそに丸餅、といった京都独自のお雑煮に芋棒など京のおせちが用意されます。寒さを忘れてしまうほどの喜びがどの家庭にも訪れます。そして、3月に入れば桜のつぼみが膨らみ、一気に満開の季節となります。家の近所の琵琶湖疎水には桜見物の屋形船が往来します。疎水に散って浮かぶ桜の花びらは何ものにも代えがたい魅力です。こうして京都には四季折々の違った姿があり、美しさが用意されています。こんな環境に住む幸せは、沖縄では感じ取れなかった、たまらない魅力です。季節の移ろいに身をゆだねる幸せ、豊かさに浸っています。このように書いてきて、気づいたことがあります。これって人生そのものだということ。つらく耐えがたい日々の後に訪れる束の間の休息と安らぎ。さらに厳しい環境を乗り越えた時に出会える温かな日々と満足感。人生ってしんどいことだけではない、しんどさの先に希望に満ちた日が訪れる。ひとつぶの種に通う人たちはみんなそう思っているはず!

コラム 自分にとっての正解を大切にする

自分にとっての正解を大切にする  コロナの蔓延が始まる前は、毎年のようにドイツに出かけたものでした。ドイツはEU圏域の中核に位置する国で、ヨーロッパ大陸は隣国と地続きであることから様々な国の人が住み、言葉も生活習慣も異なる人たちが街を構成しています。当然、時には住民同士の諍いや議論が起こります。一旦議論が始まるとお互い一歩も引きません。延々議論は続きます。そして最後は【君はそう考えるんだね。僕の考えとは全く違うね!】で終わります。合意ではなく違うことを認めあい終了するのです。翻って我が国。会社でも地域でも人が複数集まり、何か決め事をするとなると多くの場合その場にいる人は他人の意見を待ちます。あるいは様子を伺います。そして会社であれば上位管理者が、地域でいえばリーダー格の人が発する方向なり考え方に暗黙的に同意し、その場は収まります。(私はちょっと違うんだけど?)と思っている人もなかなか口に出せません。その言葉に上位者が反応する【マウンティング!】を恐れるからです。我が国は言語が一つで、狭い地域の中に長い間生活を営んで来た経験から無用ないさかいを避ける習慣が自然に身についてきています。一見穏やかでまとまりのある集団に見えて、心の内は何か違うと感じながら。同調圧力。この言葉が一般に使われるようになってきたのは最近のことですが、その言葉が示す状況は、ずう~っと長い間我々の生活にしみこんでいました。一見すごく穏やかで謙虚で、譲り合いの心が備わっていると、美化されてきたわが国のこの考え方・行動パターン。そろそろ変えてゆかないと我が国はさらに世界から遅れをとってゆきます。ガラパゴスと揶揄されるより,【私はこう思います。このようにしたいです!】とはっきり主張したいもの。勇気あるこの一人の行動が時代を変え、地域社会を前に進めてくれます。だって、その言葉は自分の本心から出たものなのだから!MAKOTO 

コラム あなたの仕事の持つ意味は

あなたの仕事の持つ意味は世の中には5万と仕事はあります。反復繰り返しの仕事、頭や体力を使う仕事他者との調整を行う仕事など様々です。ここで一つ言えることは”世の中に無用な仕事はない!“ということ。もっと稼ぎたい、もっと評価してほしい。もっと仕事に遣り甲斐があれば、、多くの人が日々感じていることです。でも、ちょっと考えてみましょう。世の中に不要な仕事などなく、必要とされるその仕事を全うするためにあなたが担当として任されているのだ、と。50年以上昔の私の経験です。27歳だった当時、私は適性検査の営業を担当していました。取引先の採用や昇進・昇格場面での検査ツールとしてお使いいただくために。ある日、薬品製造の会社に商品をお届けに伺いました。夕刻だったため社員はみなさん退社し、人事部長さんが一人待ってくれていました。商品をお届けし、帰ろうとした時その部長から声がかかりました。“秦君の会社はテスト屋だよね。我が社は知っての通り薬品メーカーだ。うちと君の会社の共通点を考えたことあるかい“?との問いかけでした。すぐにはわからず、【お客様を大切にする、そんな答えじゃないですよね?】との私の答えに一言。“客を大切にするのは当たり前。そうじゃなくてテスト屋で働く君と、薬屋で働く僕の共通点を聞いてるんだよ!“すみません、すぐには思いつきませんとの私の返答への部長の答えは。君が売っている適性検査の扱い一つで、受験者の人生は変わってしまう。僕の場合は薬屋だからもっと深刻で、人の命に直結する。人の命・人生に関わるそんな立場で君と僕は仕事をしてるんだよ!だから僕たちに求められるのは倫理観なんだ。いつも相手のことを考えて仕事をしなければならないんだ!この言葉が大げさでなく、その後の私の仕事のバックボーンになりました。自分と関わる人への対応一つでその方の人生は変わる。常にそのことを念頭において仕事をしなければならないんだと。読者の皆さんどのように感じられますか。皆さんのお仕事の先にある方たちを思っていますか。そう考えればより良い仕事を、、、、と奮い立ちませんか!  世の中に無用な仕事などないのです!                                    MAKOTO

コラム 伝えなければ伝わらない

伝えなければ伝わらない同じ文化、同じ言語で生活を営んでいる我が国では、あえて口にせずとも伝わっているはず、という思い込みで事が進んでゆくことがままあります。何事もなければよいのですが、時に”言わなくても分かっているはず“と考えた結果、大きな食い違いが生じ事態を悪化させることがあります。この場合の【口にしなくても分かっているはず】は上司と部下(特に新人)や古くからの得意先との間でも生じることがあります。“なんで確認しなかったの?”とか“ちゃんと詳しく伝えてくださいよ‼”とのこじれた関係に発展し、組織にとっても大きなリスクにもつながります。では、なぜこの当たり前の【必要な情報を詳しく伝えないか】を考えると当然わかっているはずとの伝達側の思い込みと、受けた側の判断の違いやずれから生じます。日々の仕事が複雑化すると同時に、非常に速いスピードで事が進んでゆく現代社会では起こりがちなミスコミュニケーションです。これを防ぐには基本として5W1Hを徹底すること。オウム返しに伝達事情を確認することで取り違えを防ぐことです。そしてもう一つ大切なこと。それは、指示や連絡を受けた側が伝えられた指示や内容に【あれ?】っと感じたらもう一度聞き返し、必要であれば【お言葉ではありますが、私はこう考えますが如何ですか?】と投げ返すことです。このやり取りで指示内容やなすべきことが明確になります。上司の指示に素直に従う。これは美徳ではありません。上司が常に正しい判断を下せるわけではないからです。現場の視点で指示が違うと感じたら、時には反論も必要です。この行為は日本人が一番苦手とするところ。一時とはいえ上司の指示に逆らう行為であり、結果としての自身への評価も気になるからです。でも【あの時勇気をもって進言しておけば!】と悔やむことは多々あります。勇気をもって伝える→その進言が生きる!そうです。勇気をもって伝える癖を身に着けましょう!                           MAKOTO 

コラム 少欲知足

 以前取り組んでいたコラムの執筆を随分長い間怠っていました。 他意があってのことではなく、転居と同時に犬を飼い始め、犬を中心と した日々の生活に変わったのが主な理由です。 マルチーズ(名前はタンタンと言います)を中心として一日が始まり そしてタンタンの就寝とともに一日が終わります。 そうなんです、以前関わっていたすべての仕事を卒業しひとつぶの種という カフェに週2日通う以外は、ほとんど自由な時間が与えられています。 昔の私を知っている方からは、“秦さんお暇でしょう!、また以前のような 活動をなさりたいんじゃないですか!“とお声がけもいただきます。 でも、今はその気持ちは全くと言っていいほどなくなりました。 週2日開けているカフェ種に足を運んでくださる方々との会話や触れ合いが 私には本当に心地よい時間なのです。 また生活環境を変えた時から、妻からの刺激も受け【断捨離】に取り組み 始めました。80歳に至るまで、ために貯めた書籍や資料、そして思い出の 詰まった衣類などを思い切って処分する。断捨離です。 始めた当初は、一つひとつにいっぱい思いでが詰まっていて、捨てる勇気が なかったのですが、やってみると“何と気持ちが良いこと!” 部屋はすっきり、スペースがいっぱいあったことに気づかされます。 物には、すべて深く強い思いでがこもっていて、そうしたものとの別れは ためらいもありましたが、よくよく考えればそれらは【すべて過去の自分】 今とこれからを生きる私には不要とはいえないまでも、なくても別に困り ません。タイトルに書いた【少欲自足】は、たまたま街を歩いていて、お寺の 門のところにかかれていた言葉ですが、今の私の気持ちを言ってくれています。 少しのものがあれば、それで十分。 日々穏やかに過ごす環境の中で生活に豊かな時間やゆとりが生まれ、心も晴れます。 今の私の欲は、【日々を健康に心穏やかに過ごすこと】です。 秦 政